思考が離散

そこはかとない感ただよっている。いつなくなってもおかしくない。

Kindle版「帰ってきたヒトラー」雑感

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上記記事を読んで、Kindle、合本版の「帰ってきたヒトラー」を購入。

www.amazon.co.jp

一気に読んでしまった。だいたい4時間程度。

非常に面白い本だったし、Kindleで読んでいて不便なこともなかった。

是非おすすめしたい。

どこに書くか迷ったが、非常に面白い本で人にも是非勧めたいし、アマゾンレビューに書くには少し長くなりそうなので、ブログで書くことにした。

 

長くなること、ネタバレ、引用を含むので、続きは以下にて。

 

 

 

良いと思っている点

章が短いながらも、必要な事項を適格に描写してテンポよく話が進む

本の良さを語る時、章の多さの話をするのは変な話かも知れないが、

この本は上下巻合わせて36章もある。しかしながら、軽快なテンポと必要最低限の描写により、1章1章が短く、5分アニメを見ているような気分になる。

無駄な冗長さを演出する文もなく、「ヒトラー自身の回りくどくて理屈っぽく、うんざりするような冗長な独白と思考」以外に読者がイライラすることは全く無いだろう。

 

ヒトラーと現代に生きる人物の巧妙な行き違い(勘違い)が痛快

あまり本文に関するネタを書くとネタバレ且つ面白みが減ってしまうので躊躇するが、例えば「手術(Operation)」と「作戦(Operation)」を勘違いしたり、劇中に出てくるネットスラングヒトラーが1945年当時の常識と独自の思考回路から全く違う意味で理解するシーンなどは非常にユーモアがあり、腹筋が鍛えられること請け合いである。

こうした面白さはタイムスリップ物にありがちであるが、そこに至るプロセスやその後がきちんとヒトラーの思考を追いながら記述されているため、まるで本当に読者が現代に蘇ってしまったヒトラーであるかのように追体験することができる。

このワクワク感と絶妙に噛み合っているようで全く噛み合っていないやり取りもおもしろいポイントである。

 

「この状況なら、こう言いかねない」という説得感

この本は本当に「この時、ヒトラーならこう考えて、こう言うだろう」というシミュレーションがよく出来ていると思う。

また、「ヒトラーはどうしてそう考えたのか?何を思い出して、何を根拠にして、どう感じたのか、何を言おうとしたのか」を丁寧に記述してある。

その御蔭で、まるでヒトラーが読者に話しかけるように、あるいはドキュメンタリーでも見ているかのように感じられ、違和感が少ない。あまりドイツや歴史に詳しくない読者にとっても自然な形で説明が成されている。

現代の物事を見た時のヒトラーの驚嘆(コンピュータに対する一連の反応は一読モノ!)、感激、激怒、悲哀が非常にユーモア溢れて描かれており。生き生きとヒトラーが書かれている。

 

特に文章にしたい「良かった点」はこのとおりである。

他にもこの本には魅力がたくさんあり、未読の読者の方はぜひとも本屋やKindleで購入して、是非読んでもらいたい。

 

そんなおすすめの本故に、気になった点がある。

気になった点

  • 読者を冷めさせてしまう、不適切な例えがいくらか見受けられる

本文より一部引用。ヒトラーのセリフに、下記のセリフがある。

「ザヴァツキ君、ザヴァツキ君。君は一体総統の何を知っているのか?<ホーム>をドイツの<ハイム>に、そして<ページ>を<ザイテ>に移し替えただけの、この不自然な<ハイムザイテ>という言葉を、ぶざまだとは思わないか?【中略】ホームページはむろん、ホームページのままで結構。物笑いになるようなまねはしないでくれ。英語からきている言葉だからといって戦車【タンク(本文ではルビ)】をわざわざ<走行可能なキャタピラ付き大砲>などと呼ぶ馬鹿がいると思うのか?」

Kindle版「帰ってきたヒトラー」21章「<うさぎ耳の犬>という名のキツネ」

No3632より引用。一部中略。

 

ぜひとも本文でこのシーンを読んで欲しいのだが、軽く説明すると、登場人物のザヴァツキが、良かれと思って「ホームページ」をドイツ語風に「ザイムハイテ」と書いた所、無用なことをするなとヒトラーが発言するシーンである。非常に痛快であり、実際に多くの現実の場面においてもこのヒトラーのセリフがいかに刺さるであろうことは疑うべくもない。

それ故に口惜しいのはただ一点。「戦車(タンク)」という単語の例だ。

非常に偏った知識で申し訳ないし、当時のドイツの新聞などで「戦車」に該当する単語を見たことがあるわけではないのであくまでわたしの考えとなってしまうが、戦車という単語はドイツ語では「パンツァー(元々は胸甲という意味であったのだが)」と呼称しており、この例においてふさわしく無い、と主張したい。

そもそも第1SS装甲師団はドイツ語で「SS-Panzergrenadier-Division 」と記述するし、

一次大戦でドイツが使用した突撃戦車A7Vは「Sturmpanzerwagen A7V」と書く。

A7V – Wikipedia

WW2のドイツの有名なタイガー戦車は「Panzerkampfwagen VI Tiger 」とあるし、タイガー戦車のマニュアルである「Der-Generalinspekteur-der-Panzertruppen-Die-Tiger-Fibel 」にも「Panzer」という単語を見ることができる。

archive.org

また、ドイツの現在の主力戦車であるレオパルト2のドイツ語版Wikipediaには「Panzer Kampfpanzer(対応する日本語ページは「主力戦車」)」とある。

Leopard 2 – Wikipedia

上記例からも、ヒトラーやドイツ人である登場人物は戦車のことを「Tank」と呼ぶよりも「Panzer」と呼称する方が自然であり、もうちょっと何か例がなかったものか、もう少し調べることができなかったのかと悔やむばかりである。

(あるいは、本当にヒトラーは戦車のことを「タンク」と呼んでいたのかもしれないが、そこまで調べることはできなかった。)

他にも日本語へ訳す時に行われたローカライズなのか、単に原文にそう書いてあったのかはわからないが、下記のようなセリフを読んだ時も「おいおい、それは違うのでは」と感じてしまい、もったいないと感じた。

【前略】「言われてみれば、たしかに。制服を着ていないとどうも……いや、どうぞご勘弁ください。ところで、つねづね思っていたのですが、その髭ははずさないのですか?」

「どういうことだ?」

「いやほら、ただ、私だって家に帰ったら、まず靴を脱ぎますし……」

Kindle版「帰ってきたヒトラー」33章「ネオナチの襲撃」

No5679より引用。前後略。

 

物語の舞台はドイツのはずでは?

ドイツの人々が家に帰ると靴を脱ぎますか?おかしいとおもいませんか?あなた。

 

上記のような少々読者を「えっ」とさせてしまう箇所がちらほら見受けられる。

ローカライズする点から多くの方に楽しんでもらうよう配慮する必要があったり、そもそも原文にそう書いてあったりするなど、いろいろな事情がありやむを得ずこのようになっているのかもしれないが、素晴らしい本だけに、惜しいと感じている。

 

以上が「帰ってきたヒトラー」を読んだ雑感である。

気になる点がありつつも読後感は素晴らしいものであったし、ぜひともおすすめしたい。